Mikrofotografie japanisch - page 6

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イチイ属
8.ワックスフラワー(Cham elaucium unci-
antam )走査線型電子顕微鏡写真 ISI-60(
©ラブダ祐子)
の真っただ中にあるこのジーメンス社の工場では、財務部門、退職する
部長、余分になった機械・機器全体の整理を任されている部署間で、実
際の調整は行われていないのではないか?そこで私は22,000マルクを
送金し、支払い後14日目が経過するのを一日千秋の思いで待った。そ
してなんと幸運にも、18日目が経過しても異議申し立てはなかった。こう
して顕微鏡は私のものになったのである。
22,000マルクと明記された私の支払い書コピーを持たせて、専門運送
業者をミュンヘンに送った。例の部長が呼ばれ、運送業者との間で声を
張り上げての議論になった。そこで、整理担当部署が呼ばれ、この部署
はさらに会計担当者を呼び出し、会計は入金のあったことと、入札者が
誰かは問題にせず最高入札金額での取引に合法性のあることを確認し
た。例の部長は呆然とし、運送会社は、あきれ顔のジーメンス社員と蒼ざ
めた部長に見送られて、電子顕微鏡を積んで一路リューベックを目指し
たのであった。
ラブダ祐子に開けた新しい地平
走査電子顕微鏡が届いたが、使用法についてまったく知識がなかった
ので、ハンス・パッラにリューベックに来てもらい、Leitz-ISI60の据え付け
と取扱指導を頼んだ。パッラはとても親切な、走査型電子顕微鏡の優れ
たエキスパートだった。顕微鏡を問題なく作動させ祐子に手伝わせて最
初の写真を撮った。この時になってわかったことだが、ジーメンス社が顕
微鏡で調べた試料がどのような元素で構成されているかを特定できるエ
ネルギー分散型Ⅹ線分析装置までつけてくれていたのは嬉しかった。勿
論ジーメンスにしてみればこの装置があっても顕微鏡がなければ宝の持
ち腐れだが、私たちが新たに調達したら、それだけで大きな額の出費に
なるところだった。
ラブダ祐子はもともと大学のピアノ科の講師だったが、電子顕微鏡を
使った作業をしばらく手伝った後、パッラと私にこんな冗談を言った。電
子顕微鏡には自分の弾くピアノの鍵盤と同じくらいの数のキーがあるか
ら、もしかしたら電子顕微鏡ともっと深く関わるかもしれない、新しい分野
に進んでみたい、と。ほどなく彼女はClear&Clean社製品の繊維の表面
をひとりで撮影出来るまでになった。それによって私たちの小さな専門
企業は、業界で大いに注目されるようになり、今日なおクリーン技術分野
の、特に電子顕微鏡の裏付けのある研究に寄与したといえる。大きなグ
ループ企業や専門の分析研究室でもない限り、当時こうした顕微鏡を所
有して、使いこなせるところはほとんどなかったのである。また祐子は2年
間、化学者のD r.アンティエ・ディートリヒの個人教授を受け、自然科学
についてこの時期多くを学んだ。
私たちの電子顕微鏡の性能にとって欠かすことのできない見張り役の一
人になったのは、多くの専門家の間で知る人ぞ知るサービス・エンジニ
アのディーター・ベッツで、彼は過去20年間顕微鏡の整備を担当し、私
たちにとって家族ぐるみの友人になった。ベッツはこれまで、どんな手に
入りにくい交換部品でも見つけてきてくれ、ありとあらゆるヴァージョン
アップも可能にしてくれたので、今日に至るまでこの顕微鏡は非常に精
度の高い撮影ができる。
1995年のクリスマスが近づき、Clear&Clear社の取引先に喜んでもらうに
は何が出来るだろうかを考えていたときのことだった。私はすでに1972
年からクリスマスになると自分の友人や取引先に送る版画を作成してき
たので、祐子が、自分はもみの木の枝先を走査電子顕微鏡で撮って
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